フェリシモ基金活動は、お客さまおひとりおひとりの善意を基金というかたちでお預りし運営しています。
感謝の気持ちとともに、ここに基金活動をご報告させていただきます。

2017年に「地球村の基金」で支援をしているプロジェクト「学ぶ機会のないシリア難民の子ども達へ 緊急教育支援(トルコ)」の活動レポートをホープフル・タッチさまからいただきましたのでみなさまにご報告します。

 

<プロジェクトの実績報告>

戦争の影響で学習する機会を失ったシリア難民の子どもたち40名を対象として、インフォーマル教育を提供するテント教室を設置し、1年間運営しました。

通学できる学校がなかったり、家族の手伝いで家計を支えるため、毎日のように農作業に当たらなければならない子どもたちの学びの場として、畑の真ん中でテント教室の運営をしました。

これまで勉強したことがなかったり、戦争のために学習を中断していた子どもたちは、わずか6ヵ月間でアラビア語全28文字、トルコ語全29文字、英語全26文字を習得してしまうほど、学ぶことを楽しんでいました。

後半の6ヵ月間では、主に母国語でもあるアラビア語の読み書きや、日常生活に必要なトルコ語での会話の練習、算数では2桁以上の四則計算ができるようになるなど、基礎学力が向上しました。


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年少の子どもたちを対象とした授業風景


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トルコ語のアルファベットを書けるようになった男の子

 

学習活動を通じて、相手の発言を聞いてから自分が話す、自信をもって発言する、宿題を期日までにやって持参する、自習をするなど、子どもたちの社会的スキルの発達もみられるようになりました。

特にレクリエーション活動として取り入れた描画では、爆破や流血のような戦争のイメージや、銃撃の中での避難の記憶が表され、子どもたちがこれまで言葉にしなかった想いが表現されるようになりました。

子どもたちの素直な表現を真摯に受け止め、共感しつつ、安心・安全を感じながら、楽しい体験が増えるよう、様々な表現方法のセッションを実施しました。


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銃撃から逃れながらトルコへ避難する子どもの記憶


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自分が描いた絵を見てもらいたい女の子

 

<現地の様子・現地の声>

活動地はシリアとの国境県の農村地域です。同地にあったトルコ政府と国連機関が運営する大規模な難民キャンプは閉鎖され、シリア人家族は自立を余儀なくされました。市内にあるアパートの家賃を払えない家族は、農村でトルコ人地主の土地で農作業をして、テントや手造りの家屋で生活をしています。

シリア人学校は閉鎖され、すべてのシリア人がトルコの学校に新入・編入することになりました。しかし、トルコの学校ではトルコ人教師によるトルコ語の授業で、母国語がアラビア語の子どもたちが適応するには時間がかかります。

農村地域にある村の小さな公立学校でもシリア人の受け入れを開始しましたが、トルコ語が理解できなければ授業参加は難しく、サポートが必要な子どもを支える態勢も整っていません。なかには、私たちが運営するテント教室でトルコ語を学び、トルコの学校に編入した子どももいますが、アラビア語の読み書きを学ぶ機会がなかったり、学校の授業が理解できず、休日になるとテント教室に通い続けています。

未だシリアへの帰還の見通しが立たないなか、長引くトルコでの避難生活への適応が、子どもたちにもより迫られています。

 

【子どもたちの声】

「この教室でシリア人の先生にアラビア語を教えてもらうほうが安心。トルコ人の学校には行きたくない。」

「トルコの学校に通い始めたけれど、この教室でトルコ語を勉強していたから他の村のシリア人よりトルコ語ができるのがうれしい。」

 

 

<支援者へのメッセージ>

この1年間で、子どもたちの目覚ましい成長が見られました。学習はもちろん、なにより無表情で受け答えもままならなかった子どもたちが、生き生きとした笑顔や時に不満を表現し、答えが分からなくても我先にと手を挙げる姿勢を見ていると涙が出そうになります。

大規模支援でなくても適切な機会を提供することで、子どもが子どもらしく自ら発達していける力を育めます。このようなシリア人の子どもたちが、トルコだけでも何百万人もいることには途方もなく感じますが、ご支援いただいている方々からの想いはしっかりと子どもの成長と希望につながっています。

活動をご支援いただいた方々、応援してくださった方々、みなさまに心より御礼申し上げます。

 

(特定非営利活動法人ホープフル・タッチ 高田さまより)

 

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2018年、パレスチナ人シリア難民に対して、「フェリシモ 地球村の基金」から緊急支援を実施いたしました。現地での活動のレポートが届きましたのでみなさまにご紹介させていただきます。


 

■活動団体名   : 認定NPO法人パレスチナ子どものキャンペーン
■プロジェクト名 : レバノンに避難するパレスチナ人シリア難民の緊急越冬支援
■実施場所    : レバノン・ベカー県
■実施期間    : 2019年1月1日~2019年2月28日

 

<プロジェクトの中間報告>

2018年12月12日と13日に、レバノンのベカー県にあるワーベル難民キャンプとその周辺に住むパレスチナ人シリア難民世帯約500世帯に、暖房用燃料(灯油)を64リットルずつ配布しました。

今年の冬は、パレスチナ人シリア難民が生活の糧としているUNRWA(国連パレスチナ難民救済機関)からの越冬支援のめどが立っていないことや、他の団体からの支援がないことから、予定より1ヵ月前倒しして、寒さが本格化する前に配布を開始しました。

12月に入り気温は零度近くまで下がりました。配布当日、冷たい風が吹く中、会場のガソリンスタンドには多くの人々が列を作りました。

 

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今後は2019年1月にかけて、同県のバールエリヤス地域でも、パレスチナ人シリア難民世帯およそ1,100世帯に燃料配布を行う予定です。

 

<現地の様子・現地の声>

あらかじめ配布した引換証(バウチャー)を持った人たちが、近所のガソリンスタンドに、ポリタンクやペットボトルなど(ポリタンクの購入が難しい人は、大きめの空のペットボトルに燃料を入れて持って帰ります。)を持参して、燃料を受け取りに来ました。

彼らは受け取った燃料を持って帰るために、近所の人と共同で車を借りてきたり、手押し車や乳母車を使ったりしていました。

 

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燃料を受け取るため多くの人々が列をなす

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乳母車に燃料を乗せて持って帰る人

 

近年、ベカー県では道路沿いのあちこちにバラックやテントで生活しているシリアからの難民の人々が目につきます。内戦が始まってから8年近くが経過し、国際的な関心も支援も減る中で、これまで難民キャンプや村の中などで部屋を間借りしていた人たちが、家賃を払えずにテント生活に戻ってきているのです。

 

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道路沿いに続くバラックやテントの世帯(2018年10月)

 

外気をさえぎる物が薄いビニールしかないテント生活の人たちにとって、冷たい雨や雪が降る冬の季節は非常に厳しいものになります。今回配布した燃料64リットルは、そうした難民の方が使う燃料のおよそ1週間分にあたります。 

燃料を受け取った方からは、

「今年はまだUNRWAやどこの団体からも支援がなく困っていました。日本のみなさんの支援に本当に感謝します。ありがとう。これからも続けてほしい。」という声が聞かれました。

 

ご支援下さるみなさまへ:

「レバノンに避難するパレスチナ人シリア難民の緊急越冬支援」プロジェクトにご支援をいただきありがとうございます。みなさまのご支援のおかげで、レバノンのベカー県で燃料配布を開始することができました。

解決の糸口が見えず、長期化して忘れ去られつつある、シリアからの難民の方々の避難生活に、日本から関心を寄せてくださったり、ご支援いただいていることに心よりお礼申し上げます。

国際機関からの支援が停止する中、これからもパレスチナ人シリア難民の命を守る支援を行っていきます。引き続き、温かい応援・ご支援をお願いいたします。

(パレスチナ子どものキャンペーン 田浦さまより)

 

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北海道厚真町からの現地レポート

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2018年12月14日 (金)

posted by 基金事務局

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こんにちは。フェリシモのスタッフであり厚真町地域おこし企業人の三浦です。

2017年4月より総務省の制度を活用し会社員の立場のまま、役場に出向して地域に関わる仕事をしています。今回はこの場を借りて、厚真町のこと、北海道胆振東部地震のことをみなさんにお伝えしたいと思います。

 

厚真での僕の仕事はいうなれば町と都市、町と人をつなぐ「みつばち」のような役割です。例えば旭川にある農作物を使ったおもしろい石けんを作っている会社と一緒に、町の特産品である「ハスカップ」を使った石けんを企画してみたり、神戸の飲食店と一緒にジンギスカンのお店を出店してみたり。町にあるおもしろい人やコトをつないでどんどん外に広めていく仕事をしています。

 

「願うくらし、あつまる」。厚真の移住促進パンフレットのキャッチコピーです。

厚真町はその言葉のとおり、自分の夢を抱えて移住してくる人たちや、地もとでチャレンジをしている人たちをたくさん受け入れ応援してきた町です。

例えば、毎朝大好きなサーフィンをしながら働く人(厚真は北海道随一のサーフスポットなのです)。雄大な自然の中でたまご農家を始めた人。森から馬を使って木を切り出す「馬搬」にチャレンジする人。子どもをのびのび育てるために家族で移住を決意した人。たくさんの「願い」を受け入れ、町ぐるみで育んでくれる。厚真はそんな町でした。だからよそからやってきた僕の「こんなのやりたい」も、みんなが手伝ってくれて次々と形になっていきました。


Hiburi2018R2.jpg2018年9月6日午前3時7分 北海道胆振東部地震

 

その日、厚真の自宅アパートにいた僕は、大きな揺れで飛び起きました。これはただ事じゃない。すぐに外に飛び出し停電で真っ暗闇の中、役場へ車を走らせました。携帯も繋がらず何が起こっているのかもわからない状態。やれることといえば、備蓄品の水を運ぶくらいでした。役場では非常用の電源が動いていたので、明るくなるにつれテレビで報道が流れ出し、そこでようやく厚真が震源地であること、大きな土砂くずれがおこっていること、震度7の揺れだったことがわかりました。

「これはえらいことになった」ようやくそこで実感がわいてきました。その日から仕事で会社に戻るまでの4日間は厚真各地の避難所への支援物資配送を手伝っていました。役場のみんなはほぼ不眠不休。自分の自宅も被害にあっているのにそこには戻らず、町のためにがんばっていました。それを傍目に、戻らなければならないのがとても心苦しく、重たい気持ちで厚真をあとにしました。

 

隣の千歳にはいった瞬間、電気も水道も使える日常風景が広がっていることに頭がついていきませんでした。 戻ってすぐに会社に相談をすると、急遽、メリーポイントでの支援をたちあげてもらえることになりました。またその後すぐに100円義援金もスタート。ともかく、町をいったんは離れても、まずはできることから支援をスタートさせました。

皮肉なことですが、厚真町は震災以降に全国で知られるようになりました。でも報道されているのは震災のことがほとんどです。僕が伝えたいのは、そうではない厚真のこと。田園に沈む美しい夕陽や、マイナス20度にもなる澄んだ冬の朝、しょっちゅう集まって焼く最高にうまいジンギスカン、町の名産ハスカップの生の味。地もとの人たちは「何にもない町」だと言うし、町にとってはあたりまえかもしれないけれど、どれも厚真に眠っている、素敵な宝物です。

そして何より移住者の夢を支えるためがんばってきた町の姿勢や、移住してきた仲間たちのチャレンジを伝えられたらと思っています。震災で途切れかけた願いを未来につないでいきたい。そのためにフェリシモとみなさまでできることを考えていくこと、それが「町」と「会社」と「みなさま」の間のみつばち役としてできることです。

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12月に入ると厚真は雪が降りはじめます。それほどたくさん積もらない土地ですが、寒さは厳しくマイナス20度近くになります。そんな厚真町では復興に向けてのチャレンジが始まっています。

2018年秋に撮影したこの場所は、今回の震災で農地と家を失った、平飼いたまご農家小林農園さんの新天地。雪が降る前に新しいビニールハウスを作るべく、ただいま土地の開拓中です。写真の中で馬を連れているのは僕と同じ時期に移住した西埜さんファミリー。ハスカップからなまえをとった「カップ号」は震災のあとも大活躍してくれています。

僕のお世話になっている役場の産業経済課では、経済で町を支えられるようふるさと納税の拡充や、移住してチャレンジをしている人たちの支援、特産品の開発を復興活動と並行して進めています。年明けの1月には、一度は中止を決めた、移住して町でチャレンジする人を募集するプログラム「ローカルベンチャースクール」の実施が決まりました。

そしてフェリシモでも震災から3ヵ月目の12月6日、町のチャレンジをこれからも継続的に支援をしていくため、現地に会社を設立しました。

名前は「株式会社hope for」。未来に希望をつくる事業を支援するための、フェリシモ100%出資のコーポレートベンチャーキャピタルです。

この場所からもう一度、願うくらしをつくる。町のチャレンジは続いていきます。

 


 

■100円基金で応援するWEBサイトはこちらから
 北海道胆振東部地震 毎月100円義援金(基金)

■メリーポイントで交換して応援できるWEBサイトはこちらから
 北海道胆振東部地震支援【メリーポイント】

■株式会社hope for
http://www.hopefor.co.jp/

■北海道厚真町役場
http://www.town.atsuma.lg.jp/office/

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2015年より、ネパール大地震への被害に対し、みなさまに「ネパール中部地震義援金」へのご協力をお願いいたしました。たくさんのご支援をいただき、本当にありがとうございました。

以下の基金から2017年度に拠出したAMDA社会開発機構さまの活動レポートが届きましたのでご紹介します。

 


 

■プロジェクト名 : ネパールの震災を忘れない~幼稚園環境整備プロジェクト~
■実施場所    : ネパール連邦民主共和国 カブレパランチョウク郡ロシ地区
■実施期間    : 2017年11月~2018年10月(12ヵ月間)

 

<プロジェクトの実績報告>

このプロジェクトを実施する前、対象地域の幼稚園には「幼稚園」という言葉からイメージされるような、子どもたちのはつらつとした顔やはじける笑い声などはあまりありませんでした。

2015年の震災から2年以上が経とうというのに、学校や幼稚園などの教育施設はまだ復興の途上で、教室にはコンクリートむき出しの床に小さな子どもたちが座り、使い古して黒ずんだり破れたりした文字や数字の表をただ眺めている姿がありました。

幼稚園で働いている24人の先生のうち、14人はネパール政府規定の幼児教育研修を受講したことがなく、どのように子どもに接してクラスを運営すべきか、不安を抱えていました。中にはお遊戯をして保護者から叱られた先生もいます。幼稚園は「遊ぶ場所」ではなく、「勉強する場所」だと考えられていたからです。

そこでこのプロジェクトでは、子どもたちにとって幼稚園が楽しく、安心して過ごせる場所になるように、また、先生が自信をもって幼児教育を進められるように、ロシ地区の24の幼稚園を対象に、以下の活動を実施しました。

 

1.資材供与(全24園)

 ・教材セット一式(文字パズル、フラフープ、ボール、鈴、絵本、操り人形、料理セット、
  クレヨンなど約55種類)/園
 ・カーペット 9㎡ /園
 ・クッション 315枚


nepal_amdamindsF1.jpg教材を受け取ったタレガウン幼稚園

 

nepal_amdamindsF2.jpg冷たい床に座っていたのが、カーペットとクッションのおかげで快適に

 

2.先生や保護者に対する啓発オリエンテーションの実施(計4回)

幼児教育分野で10年以上の経験を持つプロジェクト・スタッフが、先生や保護者を対象にオリエンテーションを行い、全24園の先生と保護者28人が参加しました。

参加者は、幼児期における身体・認知・感情・社会的発達について学んだほか、クラスの運営や子どもたちとの接し方に関しても話し合いました。各幼稚園から参加した先生たちは自らの課題を発表すると、別の幼稚園のベテランの先生がアドバイスする様子も見られました。


nepal_amdamindsF3.jpg先生が対象のオリエンテーションの様子

 

 

<現地の様子・現地の声>

ボハレ幼稚園のラムリ・マヤ・ドン先生は、

「新しい文字表(日本でいう「あいうえお」表)には、絵もついていて、子どもたちがイメージしやすいのか、覚えるのがすごく早いんです。カラーブロックでは、色を習うだけでなく、子どもたちがそれぞれ創造力豊かに、家や乗り物などいろんなものを作って私に見せてくれるんです」

と、とてもうれしそうに話してくれました。


nepal_amdamindsF4.JPG新しい教材を使って「あいうえお」を教えるラムリ先生

 

また、タクレ幼稚園のサシ・タマン先生はオリエンテーションを振り返り、

「これまで、他の幼稚園で何をやってるのか、困った時にどう対処しているのか、知りたいと思っても他の先生と集まる機会がありませんでした。このオリエンテーションをきっかけに、お互い連絡を取り、学び合い助け合うようになりました。「困っているのは私だけじゃないんだ」と思うと、それだけで支えになります」

と話してくれました。

 

保護者たちは、

「新しい教材が届いて、子どもたちが幼稚園に行くのを楽しみにしています。読み書きだけ教えてくれればいいと思っていたけれど、歌や遊びの中から学ぶ大切なものもあると教えてもらい、今は子どもたちの成長の様子を見守っていきたいと思います」

と話していました。

 

いちばん変わったのは、幼稚園の雰囲気です。楽しそうな声をあげながら思い思いに遊ぶ子どもたちと、やさしく見守る先生たち。幼稚園全体が活気に満ちているのです。この日も、24の幼稚園で260人の子どもたちが、元気に楽しく、読み書きやお遊戯の時間を過ごしています。

 

<支援者のみなさまへ>

対象地域の人たちは、震災でたくさんのものを失い、傷つき、その後も家や生活の再建に忙しく、小さな子どもたちが通う幼稚園のことまで考えられない、という状況でした。

しかし、プロジェクトの取り組みを通じて、多くの子どもたちの笑顔が生まれ、それを見た大人たちもうれしそうな顔になり「よし、もっとがんばろう」と言ってくれました。子どもたちが持っているパワーはすごいな、と思います。

このプロジェクトをご支援くださったみなさんに、心よりお礼申し上げます。

 

(認定NPO法人 AMDA社会開発機構 小林さまより)

 

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■AMDA社会開発機構さまのその他の活動はこちらからご覧いただけます

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以下の基金から2017年度に拠出した特定非営利活動法人ドングリの会さまの活動レポートをご紹介します。

 

広葉樹の森づくりをボランティアさんたちと行なっています。秋にドングリなどの種を拾い、畑にまいて、数年育てて山に植樹する・・・一年を通して季節ごとの作業を楽しみながら活動をしています。

 関東の各地で行なっている森づくりの中で、ここ数年、精力的に木を植えているのは、房総半島のほぼ真ん中にある千葉県君津市の久留里の山です。この場所は、もともとスギの人工林でしたが、材木としてスギがきられたあと、この山を広葉樹の森に戻そうと、コナラ、クヌギ、ヤマザクラ、カエデ、ホオ・・・などの苗を2008年から植えています。

 

2017Kmori_1.jpg植樹の様子(久留里)

 

 この久留里での森づくりも、ほかの植樹地と同じようにシカの食害が大きな問題となっています。
「森づくり=シカ害対策」と言っても過言ではないほど、被害は甚大です。シカに苗の一番上の芽を食べられてしまうと、その苗はもう伸びることができません。また、シカの口が届かない2メートルほどの高さに生長しても、今度は幹がかじられて枯れてしまいます。植えた苗の半分以上が枯れてしまう斜面もあります。

 

2017Kmori_2.jpg植樹の様子(久留里)

 

 そのため、樹皮をはがされないよう麻の布を幹に巻きつけたり、風やシカに倒されないように支柱を立てたり・・・といった試行錯誤をボランティアさんたちと繰り返しながら、何とかこの問題を克服しています。このようなシカ害対策のほかにも、苗を覆い尽くすクズやフジなどのツル切り、隣接地から侵入してくる孟宗竹(モウソウチク)の退治など、自然をもとに戻すことの大変さを実感しながら、活動を行っています。

 

2017Kmori_3.jpg鹿害対策幹巻きの様子

 

<支援者のみなさまへ>

地味な作業の継続によって、森はちょっとずつ生長します。いろんな人が、いろんな形で、できる時にできるコトを・・・みんなで森づくりのバトンを繋いでいければいいなあ、と思っています。もし、お住まいの近くに森や海や川を大切にしようと活動している人たちがいたら、ぜひ一度、足を運んでみて下さい。季節ごとの楽しみにあふれた活動がみなさんを待っているはずです。

 

前回の報告はこちら

■ドングリの会さまのその他の活動はこちらからご覧いただけます。

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以下の基金から2017年度に拠出した賀茂別雷神社(上賀茂神社)さまの活動レポートをご紹介します。

 

今回が三回目となる賀茂別雷神社式年遷宮支援事業である式年遷宮基金としてのお力添えに対して、厚く御礼申し上げます。

世界遺産構成建造物でランドマーク的象徴になっている重要文化財「楼門」が、約50年ぶりの大修復となります。今回は数ある修復事業の中でも、「楼門」の朱塗り、またの表現を丹(たん)塗りに絞って基金を活用させていただきました。この「楼門」の朱塗りだけでも総費用は約2,700万円ですが、その一部に基金を充てさせていただくことで、お寄せいただいた真心を末永く留めさせていただきました。

そもそも、真心のことを日本では「赤心(せきしん)」と表現しています。つまり赤い色そのものに、その文化性を見出していたのが日本文化でした。建造物にある朱塗りは赤い色の力を認め、その力で清浄を保つ精神性がそこにあり、当然それを表現する宮大工にもその部分は伝承され続けています。

丹(たん)と呼ばれる顔料は辰砂(しんしゃ)と言われる鉱物に由来します。この石は古代中国では聖なる石とされており、この石に力を認めていました。それが現代の日本文化にまで定着しているのがこの顔料の意味合いです。

ですが、当然顔料だけでは木地に付着しません。膠(にかわ)という接着力のある材料を混ぜ合わせ、乾燥を待ちながら、数度に分けて重ね塗りを行うことで、平安時代より受け継がれている「楼門」の美しい朱色がよみがえりました。

 

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2017jinjayell_2.jpg【修復前】50年が経過し剥落がひどい朱塗り

 

2017jinjayell_3.jpg【修復中】何度も乾燥させながら重ね塗りがされる

 

 

<支援者のみなさまへ>

この第42回式年遷宮事業も平成32年(2020年)3月まで修復が継続されております。これにより今、危機に瀕している日本の文化財修復の技術継承にも役立たせていただければと思います。引き続き神社YELLを通じてのご理解ご協力をいただければ幸いです。

2017jinjayell_4.jpg【完成後】無事朱塗りが完了し、覆い屋根が外された楼門

 

前回の報告書はこちら 

神社YELLプロジェクトについてはこちらのページにてご覧いただけます。

■賀茂別雷神社(上賀茂神社)さまの歴史・行事についてはこちらからご覧いただけます。

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11月2日より実施しておりました世界をよりしあわせにするための6つのプロジェクトの応援投票は11月15日をもちまして終了させていただきました。
みなさまから、たくさんの応援(投票)をいただきありがとうございました。

応援(投票)の数は、フェリシモ 地球村の基金から各プロジェクトへの拠出金額の参考にさせていただきます。
各プロジェクトの活動の様子は、FELISSIMO ファンドレポートでみなさまへご報告させていただきます。
これからも世界をよりしあわせにするためのプロジェクトの応援をよろしくお願いいたします。

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以下の基金から2017年度に拠出したこどもみらい探求社さまの活動レポートをご紹介します。

 

関東と関西で行っている「おやこ保育園」を大阪で開催。「おやこ保育園」は、子どもを預かる本来の保育園とは違い、保護者が保育士と一緒に子どもを見ながら、子育てスキルを学ぶ弊社独自のプログラムです。


<当日の流れ>

場所:SALT VALLEY ashiharabashi(大阪市浪速区)
日時:2018年10月30日(火)10:30~12:00

①登園/ 自由あそび
②はじまりのあつまり(今日の絵本、挨拶、出欠確認、自己紹介、注意事項の確認)
③こどもが主役のじかん
(日常にある素材を出して、こどもは遊ぶ。大人は観察シートを用いて子どもの様子を見ながら気づきを
 書く)
④おとなが主役のじかん:ペアレンツ・ダイアログ
(最近の旬なキーワードを紙に10個書いて、それをもとにおしゃべりを楽しむ時間)
 ※こどもは、引き続き探求遊び
⑥おわりのあつまり(振り返り・挨拶・集合写真)

この日は、10組の親子とスタッフあわせて総勢26人。 

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はじめは大人もこどもも緊張した空気が流れていましたが、積極的に声をかけてくれるママが現れすぐに和やかなムードに。場所見知りをする子もいましたが、その子のペースを大切にして、会場全体を見守りながらスタート。1から10までをみんなで数えた後、ティンシャ(チベットの鐘)を鳴らして絵本を読み始めます。

こどもたちはじっと絵本を見つめ、その世界を楽しんでいました。その後の自己紹介でさらに場が和み、こどもが主役の時間へ。

 

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普段はなかなかおもちゃとして使わないような素材(コップ、お皿、洗濯バサミなど日常の暮らしにあるもの)を用意して、こどもがどのように素材と出会い、遊びを作り出すのかを大人に見守ってもらいました。見守るといっても大人はついつい声をかけたくなったり、手を出したくなったりしてしまうので、オリジナルで開発をした「観察シート」を用いて気づきを書いてもらいました。

気づきを共有する時間では、「普段こんなふうにゆっくりこどもを見たことがなかった」「こどもは自由に遊びを作り出すのがうまい」などの発見をしてくださっていました。

 

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その後は大人が主役の時間。この日のテーマは「旬なキーワード」。 紙を配布して、こどもではなく自分の旬なキーワードを10個書いてもらいました。普段はどうしてもこどもが主語になっていたり、こども優先になっているからなのか、意外と10個書くのは難しいとの声が。書いた紙をもとに3人組で見せ合いながら話をすると共通点を見つけたり、「それわかる!」と共感しあったりして、大人の距離もぐっと近づきました。

 

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今後は同じ会場で大阪クラスの「おやこ保育園」がはじまります。どんなコミュニティができていくのか、私たちも楽しみです。

 

<支援者のみなさまへ>

こどもみらい基金へのご支援、ありがとうございます。みなさまからの応援のおかげで、新しい親子とこうしてつながることができました。今後もさまざまな企画を通して、たくさんの家族との出会いを作りながら、親子で "一緒に生きる" ことを楽しんでもらえるように発信していきたいと思います。
引き続き、ご支援のほど、どうぞよろしくお願いいたします!

 

前回の報告書はこちら

■こどもみらい探求社さまの詳しい活動はこちらからご覧いただけます。

 

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2018年度にメリーファンディング第2弾で目標を達成し、拠出をさせていただいた認定NPO法人テラ・ルネッサンスさまの活動レポートをご紹介します。

 

【支援の背景と事業内容】

コンゴ民主共和国では、過去540万人もの命が失われました。この数は現在の北海道の人口とほぼ同じであり、第二次世界大戦後、世界最大の紛争ともいわれています。また、この紛争で少なくとも3万人以上の子どもたちが子ども兵として徴兵され、さらには20万人以上の少女や女性が性的暴力の犠牲となりました。

そのためコンゴ東部では武装勢力による襲撃や食料の略奪などにより、住民は不安定な生活を余儀なくされ、今もなお十分な援助活動が行われているとはいえません。特に、若くして母親になった多くのシングルマザーの女性たちは、生活を再建することが非常に困難な状況にあります。

今回のプロジェクトでは、こうした紛争下で生きる女性たち50名に対して、洋裁技術の職業訓練と、洋裁店を開業するための支援を実施することになりました。

 

【成果報告と今後に向けて】

まずはメリーファンディングから、洋裁技術習得後の洋裁店の開業のために、ミシン18台の購入費用をご支援いただきました。2018年7月までに全員が洋裁技術を習得することができるように職業訓練を実施しました。

卒業式では、卒業証書とともに、ミシンを一人ひとりに手渡しました。彼女たちはミシンを掲げて、うたい踊りながら、洋裁技術訓練を終えたこと、そして、希望がいっぱい詰まった「ミシン」を手に入れたことの喜びを、身体いっぱいで表現していました。


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卒業式でミシンを手渡す様子


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ミシンを手に喜ぶシングルマザーたち

 

これらのご支援により、シングルマザーたちが収入を得て、子どもたちの衣食住を満たし、安定した生活を取り戻すことが可能になります。今後は、マーケットでビジネスの実地訓練を行いながら、さらに技術を磨き、自分たちの洋裁店を開業できるよう、準備を進めていきます。

 

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ミシンと一緒に集合写真

 

■テラ・ルネッサンスさまのその他の活動はこちらからご覧いただけます。

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以下の基金から2017年度に拠出した特定非営利活動法人e-Educationさまの活動レポートをご紹介します。

 

インフィニット・ホープ基金からのご支援のおかげで、私たちの活動は3つの大きな進展がありましたので、ぜひご報告をさせてください。

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【1】タブレット導入と、増える女子生徒たち
私たちはこれまでノートパソコンを活用して映像授業を提供してきましたが、「持ち運びにくい」「電池が持たない」といった理由から、映像を見る機器をパソコンからタブレット(大型のスマートフォン)に切り替えることで、タブレットでも見やすい映像教材を新たに作りました。

その結果、タブレットを使うと家でも学習しやすいと言った理由から、女子生徒の入学者数が増加し、そのうち2人の女子生徒がNo.1国立大学であるダッカ大学に進学しました。女性の進学率が低いバングラデシュで、田舎の村から2人のトップ大学合格者が出たのは快挙であり、村中が喜んでくれました。


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【2】卒業生たちが「帰ってくる」循環型教育へ
インフィニット・ホープ基金からのご支援で新しく始めた取り組みが「インターンシップ&奨学金」プログラムです。e-Educationの映像教育支援を受けて進学した大学生たちに、奨学金を提供する代わりに地元の中高生に対して学習サポートするプログラムです。

今年は4名のインターン生に奨学金を提供することができ、週末になると首都ダッカから船で数時間かけて移動して、後輩たちに熱心な学習サポートをしてくれました。高校生たちに感想を聞いたところ、「僕もお兄さんのような大学生になりたい」「大学生になったらぜひ地元に帰ってきたい」という希望を多くもらい、このプログラムの意義を感じるとともに、卒業生たちが地元に帰ってくる循環型教育のモデルをより強化していきたいと感じました。


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【3】支援される対象から、支援するリーダーへ
2017年8月末に発生したロヒンギャ難民事件。隣国ミャンマーからロヒンギャと呼ばれるイスラム系少数民族がバングラデシュへ避難してくる大きな事件が発生しました。毎日のように難民が増え、1ヵ月過ぎた頃には50万人近い人たちが避難してきたのです。

「今、僕たちにできることをしたいです!」

こう話してくれたのはe-Educationの元生徒たち。貧困の苦しみを知っている彼らはすぐに行動を始めました。難民キャンプで現地調査を行い、ロヒンギャの人たちが必要としている食糧のリストをまとめました。それを国内外に発信して寄付を募り、2017年中に20万食を超える食糧支援を行いました。

この活動はインフィニット・ホープ基金からご支援をいただき、大学へ進学した若者たちの活動です。彼らは支援を受ける対象から、支援を届けるリーダーへと成長していました。私たちe-Educationは、これからも彼らのような若者の挑戦を応援し続けていきます!


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<現地の様子・現地の声>

e-Educationのプログラムを通じて、ダッカ大学に進学した女子生徒シャモンさんから、感謝の気持ちを綴った手紙とメールをもらいました。

「大学受験のために大都市の予備校に通いたかったけど、女性の一人暮らしは危ないという理由で、両親は許可してくれなかった」
「希望を失いかけていた時、父からe-Educationの取り組みを教えてもらった。あの時e-Educationに出会わなければ、夢は夢のままだったと思います」
「e-Educationの人たち、そして日本の支援者の方々から、様々な方法でなんども励ましてもらってきた」
「私のような田舎の生徒たちにe-Educationの活動を今度は私がサポートすることで、みなさんへの感謝の気持ちを伝えたい」
「そしていつかe-Educationのロールモデルとなるような存在になりたい」

彼女の言葉には、バングラデシュでいまだ存在する教育格差、それを解決できるe-Educationの可能性、日本のみなさまに対する感謝と、それを後輩たちに繋いでいきたいという想いが込められていました。

▼メール(一部抜粋)
"I had long a cherished dream to admit at Dhaka University from my childhood... After completing my HSC Examination, I prepared myself to go to Dhaka. But due to some limitation of my family, I couldn't do so. In Bangladesh, It's not so easy for parents to allow girls to live alone in a new place at my age. At the time I just losing my hope, my father told me about "e-Education"... I owe to the founder and authorities of "e-Education". Otherwise, my dream remains dream. "e-Education" & Japanese supporters motivated me in many ways... I want to show my gratitude by working with "e-Education" to support other rural needed students like me and also proudly want to be a role model of e-Education success story. If there any opportunity to connect with e-Education activities, I will happily grab that"

 

<支援者のみなさまへ>


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「若者たちがテロではなく、未来に向かうために一体何ができるのだろう?」

2016年に起こったバングラデシュのテロ事件以降、私はずっとこの問いの答えを探してきました。悩んでも悩んでも答えは出ず、2017年の5月からバングラデシュを拠点に活動することを決めました。

「私たちe-Educationの活動に、果たして意味はあるのだろうか?」

そんな不安な気持ちを抱えながらバングラデシュでの新しい生活が始まりましたが、私が見たものは間違いなく「希望」でした。

貧困に負けずに大学合格という道を切り開いた学生たち、支援される対象から支援するリーダーへと成長していた卒業生たち。そんな彼女・彼らが持っていた日本の人たちに対する温かい感謝の気持ち。

彼らの想いに触れる度に、私たちがやってきたことに間違いはなく、e-Educationの活動を続けることで、テロのない未来に近づけると信じられるようになりました。

これからも日本とバングラデシュの架け橋になれるよう、最高の授業をバングラデシュの果てまで届けてまいります!

 

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